最近の注目情報詳細(2023年6月〜7月)
1.地方分権決議30年 支え合いの仕組みを
(2023年6月3日 山陰中央新報・論説)
国会が地方分権の推進を決議して30年。国から権限と財源が移譲され、身近な行政は地方自治体に任せられてきた。その成果をあまり生かせないまま多くの自治体は高齢化と人口減少に直面する。今後は地域の維持が最大の課題だと言える。
分権の推進は1993年6月に衆参両院で決議された。東京一極集中の排除、中央集権的行政の問い直しを掲げ、地方自治の確立を求めた。前年に日本新党が結成され、地方分権を旗印に、各党を駆り立てたことも背景にある。
国の中央省庁再編の動きに合わせて地方分権論議は進み、自治体を国の下請けにする「機関委任事務」は2000年に廃止された。国と地方の関係は明治以来の「上下・主従」から「対等・協力」に変わった。自治体の仕事や裁量権が広がり、創意工夫を生かせる素地がある程度は整った。
1999年には、分権の受け皿の整備を名目とした「平成の大合併」の動きが起こった。国の強力な財政支援もあり、3232の市町村数はほぼ半減。人口流出を止める有効な策を打ち出せず、中心部以外の地域がさびれたことが、次の合併への警戒感を高めたと分析できる。
小泉政権が2004年度から推進した国と地方の財政を巡る三位一体改革では、地方への約3兆円の税源移譲を実現することと引き換えに、補助金や地方交付税を大きく削減した。多くの自治体は打撃を受け、地方行政の自由度が落ちた。
30年を振り返ると、国の省庁再編、財政改革に付随して地方の改革は進んだ。近年は国が大きな改革を志向せず、政治の争点にならないため、道州制導入といった次の大きな分権改革の議論は停滞したままだ。
現在は自治体からの提案に基づく規制緩和が中心だ。法に基づく実施計画の作成が補助の条件という形で自治体を縛る例が目立っており、分権に逆行する動きとなっている。
多くの自治体にとって道路や橋、上下水道などのインフラの補修・更新、医療、介護のような行政サービスの継続、ガソリンスタンドや日用品販売店など生活インフラの維持が喫緊の課題だ。
若い世代、特に20〜30代女性の流出や、議員の成り手不足も深刻だ。持続可能性が低くなっている市町村もある。住民の生活を守る方策を確立しなければならない。
国から権限や財源の移譲をさらに得て自由度を高めると同時に、地域のやる気、創意工夫をより引き出すことが重要だ。
行政の取り組みに住民、NPOや地域おこし協力隊員などの意見を取り入れたり、実際に仕事を委託したりして、積極的に自治に参加してもらうことが不可欠である。
自治体の戦略としては、農林水産業を中心とした地元の産業を守りながら、暮らしや祭りなどの体験を求める訪日外国人をうまく呼び込み、観光やテレワークなどで訪れる人々を増やす。年金も含め地域に入った収入を地場産品の購入など地元で回す仕組みを整え、持続可能性を高めることも考えていきたい。
人口減少もあって一つの自治体だけで全ての行政サービスを賄うのは難しい。自治体間の連携・補完に加え、行政の役割を担う地域の組織も育て、多様な方法で支え合う新しい自治の仕組みの構築が急務である。
2.停滞する地方分権改革 リーダー選択の論点に
(2023年6月12日 静岡新聞・視座)
国会が衆参で地方分権の推進を決議したのは1993年6月。ことしで30年が経過した。
国から地方へと権限、財源の移譲が進み、分権改革は進展したとされる。ただ静岡県民の実感はどうだろう。地方分権の熱は冷めてしまった印象だ。なぜなら、地方は高齢化と人口減少に直面し、自治制度を論じるより自治体やコミュニティーの現状を維持することが最大の課題になってしまったから。
「皆さんが定年を迎えるころ、静岡県は無いかもしれない」
地方分権を考えるとき、思い起こすのが県の入庁式の取材で聞いた当時の石川嘉延知事の訓示。もう20年以上前のこと。この頃、首都機能移転や道州制、市町村合併など地方自治制度を巡る議論が活発化していた。石川氏は初々しい職員を、旧態依然の公務員感覚では国に対峙(たいじ)する分権を先導できないと鼓舞した。
旧自治省出身の石川氏は自治制度を熟知し、分権改革に熱心だった。国主導の護送船団方式の自治体経営と決別する必要があると強調し、全国知事会が取り組む分権改革の議論を主導。地震災害を教訓に地方が発案した被災者対策支援の法整備を実現させた実績がある。
後任の川勝平太知事は2009年の就任当初、一極集中の「東京時代」は最終局面にあると訴えた。首都を移転し、政治や経済の力で地方を差配する「力の文明」を終わらせる。全国を「野、森、山、海」の4州に再編し、外交や防衛などを除く政府の内政部門の省庁権限、財源、人材を地域に移し、日本を「世界文明の博物館」にするとした。
比較経済史の学者知事の見解は全国知事会の中でも個性が際立っていた。それ故、分権改革の具体的な論点に位置付けられたとは言い難い。
分権に心血を注いだ政治家の中で浜松市の前市長鈴木康友氏は理論派として知られる。県並みの権限があるとされる政令市のトップだが、現行の自治制度を「中央集権的な自治」と酷評し続けた。基礎自治体が都道府県から独立する特別自治市の実現を目指したが途上だった。
地方分権の本質は制度改革ではない。住民が、自らの地域を自らの責任で住みよい社会にしていく「責任の改革」で、民主主義のあり方を問うことにもつながる。分権に必要な論点は石川、川勝、鈴木の3氏で異なるが、国と地方の上意下達の主従関係を抜本的に改めるため分権が必須との姿勢は共通する。
極まる人口減少社会にあって、経済分野の有識者に職住接近の都市経営が経済成長に不可欠で、東京一極集中を排除すべきでないとの見解がある。地方でも都市機能が集積するコンパクトシティーを目指すべきとの考え方だ。農山漁村や豊かな自然を生かし、多様な生活圏を情報通信技術で支援する政府のデジタル田園都市国家構想の理念とは対極にある考え方だと感じる。ただ、経済活動の水準を維持するため無視できない論点だ。
地方分権のあり方を論じることは、私たちが暮らす自治体にどんなリーダーが必要なのかに通じる。政治家が果たす役割は重大だ。衆院はいつ解散してもおかしくない。川勝知事は7月に4期目の任期を折り返す。地方分権改革への見識や実績を問うことも、政治家を選ぶ際に欠かせない指標になる。
論説委員長 中島忠男